Felice Casorati
Felice Casorati (フェリーチェ・カゾラーティ)
1883年12月4日イタリア (Italia、Italy) 北西部のピエモンテ州 (Piemonte) ノヴァーラ (Novara) で生まれる。
変わったパース効果が特徴的な figure compositions、portraits、still life で知られるイタリアの画家。
初期に制作した作品は自然主義的なスタイルであったが、1910年以後、symbolists (シンボリスト、象徴主義者) 、とりわけグスタフ・クリムト (Gustav Klimt) からの影響で、Felice Casorati (フェリーチェ・カゾラーティ) は、より幻想的なアプローチから絵を描くようになったらしい。作品を見ていくと、クリムトっぽい雰囲気のものがあったりするもので、影響を受けたのかなと思っていたら、やはりそういうことだったのネ。
その後、WW1に兵役で参加。除隊後、1919年頃からはトリノ (Turin) 暮らしを始める。この時期、それまでの幻想的なものから幾何学的で形式的明快さを強調したものへとその作風に大きな変化が現れる。
この変化はもちろん、一兵士として関わった戦争の影響によるもので、そのスタイルは、1920年代を通して Felice Casorati を縛りつけることになった。
WW1後、イタリアといえば (もちろん世界的にもそのことはいえるのだけど) 次に来るのはもちろんファシズムなワケで、Felice Casorati がファシズムに対してどのような立場をとったかというと、反ファシストのグループとの繋がりがあった為、1923年の時点で一度逮捕されてしまい、その後は、目立ってファシズム体制に異を唱えるということを避けるようになった。ここで体制側に組していたら、戦後はその存在を抹殺されかねなかったので、これでよかったのかもしれない。
1930年以後になってくると、それまでの厳密だった Felice Casorati のスタイルが軟化し、色彩にも明るさが出るようにる。このことから、社会体制のファシズム化とは裏腹に、Felice Casorati の戦争体験は解消されつつあったのかもしれない。
1963年3月1日、Felice Casorati はトリノにおいて息を引取った。
上述したとおり (といっても、Wikipedia からのヘナチョコ訳なんだけど)、Felice Casorati にはスタイルの変遷はあるが、どの時代のものも好きだ。
ポストした作品は、どちらも1920年代に描かれた作品。
Wikipedia
Felice Casorati
GAM
Ciudad de la pintura - La mayor pinacoteca virtual
ARTINVEST2000®FELICE CASORATI
Opere di Felice Casorati - Mart
Felice Casorati on artnet
MNBA - Museo Nacional de Bellas Artes - Argentina
Musei Civici Veneziani - Ca' Pesaro
Felice Casorati - Artist, Art - Felice Casorati
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