Tuesday, June 29, 2010

Marcel Mariën






Marcel Mariën (マルセル・マリエン ?)
1920年4月29日にアントウェルペン(アントワープ)で生まれ、1993年9月19日にブリュッセルで亡くなった。
ベルギーのシュルレアリスト。
詩人、エッセイスト、写真家、コラージュ制作者、映画制作者、オブジェクトの制作者。

1920年4月29日にアントワープで生まれ、1993年9月19日にブリュッセルで亡くなった。
ベルギーのシュルレアリスト。
詩人、エッセイスト、写真家、コラージュ制作者、映画制作者、オブジェクトの制作者。


1937年、地元で開催された展示会でルネ・マグリット(René Magritte)のシュルレアリスム絵画に出合いショックを受ける。
アンドレ・ブルトン(André Breton)のシュルレアリスム宣言に影響を受けたマリエンは、いてもたってもいられず、そういったアーティストと出会うためにブリュッセルへ旅立つ。

幸い、ブリュッセルでシュルレアリスム・グループを形成していた20歳年長のマグリットとコンタクトを取ることが出来、グループに暖かく迎え入れられた。

といっても、この段階でマリエンは何か表現手段を持っていたという訳ではなかったらしい。
まず絵が描けない。
そこでまず様々なメディアを利用した表現、例えばコラージュで表現活動をすることになった。
この時マリエンが始めたコラージュ方法はÉtrécissementsと呼ばれるようになり、マリエンはこのシュルレアリスムの表現テクニックの創始者として知られるようになる。

1939年、第二次世界大戦に従軍し、ドイツの捕虜とった。
解放された後ブリュッセルに戻ったマリエンは、1943年、マグリットに関する一番最初の研究論文書いて発表した。

今回ポストしたのは注目をされる機会になったコラージュ作品ではなく、写真による表現なのだが、最初の試みは、自身の考えを表現することが出来ず、不成功に終わったという。
ある時、以前撮影した、裸の女性がナイフでパンを切り取っている写真に「ナイフはサドからレーニンまで進みます (the knife passes from de Sade to Lenin)」と書き込んでみたところ、写真それ自体とそれとかけ離れたコメントが組み合わさり、別の詩的な表現へと生まれ変った。
それが3枚目にポストした "De Sade à Lénine" という作品。
以後、写真も表現手段の一つとなったが、オブジェの制作に集中するため、写真表現から撤退した。

1962年をニューヨークで過ごしたマリエンは、1963年から1965年までを中国で暮らした。
しかしマオイズムに幻滅し、帰国。

以下略。

ポストしたのは、

"Le Bouts-Rimes (End-Rhymes)"
"La Mire"
"De Sade à Lénine"
"Le tribut"
"Mirror, Lips and Female Nude"

の5点。
『シュルレアリスムと性』的な流れだとdisられそうな作品群。

Wikipedia
I Photo Central | Search Photos | Marcel Marien

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