Clive Arrowsmith - Pirelli Calendar 1992
Clive Arrowsmith (クライヴ・アロースミス)
1991年に引き続いてクライヴ・アロースミス(Clive Arrowsmith)がフォトグラファとして起用された。
有能すぎることで僕の中では人気が沸騰しているアートディレクターのマーティン・ウォルシュは、千年の歴史を持つ中国の星占いに登場する十二の動物の官能的な解釈をカレンダーに反映させたいと考えていた。
このアイデアは遡ること五年前、風刺雑誌Private Eyeの編集者だったバリー・ファントーニ(Barry Fantoni)と数冊の中国の星占いに関する本を著した著者との会議の後に思い付き、さまざまな理由から自分の中で暖め続けていたものだったという。所謂構想五年というやつだ。長年の経験から、この構想~年という枕詞ほど信用ならないものはないことを僕たちは知っている。アイデアは腐る。自分ではその腐臭に気が付かない。五年というのはアイデアを腐らせるのに充分な期間だったはずだ。
このドロドロに熟したアイデアを具現化するのにクライヴ・アロースミス(Clive Arrowsmith)が選ばれたのには理由がある。アロースミスはチベット仏教のMaha Janic schoolの学生とダライ・ラマのオフィシャルフォトグラファであったことから、このプロジェクトにうってつけと思われたからである。
ロケーションは、セルジオ・レオーネがかつてマカロニウェスタンを撮影したスペイン南部のシエラネバダ山が選ばれた。
このプロジェクトはいつもに比べ準備が大掛かりになっていく。まずモデルを探すのにジェーン・マイヤーソンが雇われ、ロケ地選びで映画『ラスト・エンペラー』のアートディレクターであるバジル・パオ(Basil Pao)に相談を持ちかけ、コスチュームをロンドンロイヤルバレエ団の衣裳デザイナー、ロバート・オールソップに発注するといった具合に。
そして出来上がったのがこれである。
ウォルシュの妄想を表現するのにアロースミスは、ポール・デルヴォーやサルヴァドール・ダリを参考にしたという。どのあたりが参考になったのかいまいち不明ではあるが。
クライヴ・アロースミスのサイトを訪れれば分かると思うが、このカレンダーはアロースミスの仕事の中でかなり異質なものだろう。ウォルシュと組んだ写真家は微妙な結果を残すことが多いので、擁護しなければならない気がしてくる。
Models:
Alison Fitzpatrik
Julienne Davis
Judi Taylor
Alison, Julienne, Judi
Julienne, Alison
Pirelli Calendar 1992
jolita: Pirelli Calendar. 1992
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